QUWROF.4



現在のポイント 1 pt

 綴られた文字を見て、必死に笑いを堪える団員達。
 ノブナガは目に涙を溜め、フィンクスはあらぬ方向を向いたまま肩を震わせている。憐れみを含んだ微笑を浮かべるのはパクノダだ。

 クロロがアジトに戻ると、マチとウボォーギンの姿はすでになかった。自由解散と伝えていたので構わないが、問題は未だに居残っている連中だ。
 シャルナークはサリー調査という名目があるが、ノブナガ、フィンクスに至っては完全にひやかし、澄ました顔で一線を画しているパクノダも所詮は同類だ。

 クロロはガイドブックを乱暴に閉じると、無言で懐に収めた。
 その動作一つからもいら立ちが伝わってくる。普段が理性的で何事にも動じない男なだけに、よほど腹に据えかねているのだろう。
 物珍しさ半分、可笑しさ半分で眺めていたシャルナークだが、ふいに視線を向けられてぎくりとする。たとえ一般人程度のオーラしかなかろうともその眼力は健在だ。

「急な雨で災難だったね、団長」
「どうせ災難続きだ。で、何がわかったんだ」
「うん。ちょっとこのサイト見てよ」

 シャルナークは膝に乗せたノートパソコンの向きを変える。クロロは隣の瓦礫に腰を下し、画面を覗き込んだ。しかしそこにあるのはブラックアウトした画面のみ。

「このトピックのとこなんだけどさ」

 シャルナークはそのまま説明に入ろうとして、眉間に深いしわを寄せたクロロの様子に気づく。片目をすがめて凝視しているが、その瞳には何も映っていない。

「あっ、ゴメン団長、今凝ってできないんだっけ?」
「一応やっている」

 それは長年培った習慣で、息をするように自然に身についている動作だ。しかし今のクロロでは目の周りにオーラを留めることができず、不完全な「凝」になっている。つかんだと思ったコップを取りこぼすような、なんとも気味の悪い感覚だ。
 それはシャルナークにとっても同じで、キャッチボールに苦労するメジャーリーガーを見ているような、一回転もできないフィギュア選手を見ているような、なんとも言い難い違和感がある。

「いいよいいよムリしないで、俺読むから」
「……悪いな」
「ここに表示されてるのはレンタルショップのホームページで、概要のとこ読むね」

 そう前置きしてから、シャルナークは画面を目で追う。クロロヴィジョンでは依然として黒一色だ。

「レンタルショップ『サンタクロース』ご要望に応じてオーラを貸し出します。まだちょっとオーラが足りないな!という貴方、明日は決闘だ!という貴方へ、超ご奉仕価格。レンタル時間は1時間50万ジェニー、2時間100万ジェニー、五時間パックだとなんと」
「……ずいぶん楽しそうだな、シャル」
「え!?ど、どこがっ」

 被害妄想だよ、という言葉をぐっと飲み込む。「こっからが肝心なんだって」

 シャルナークは画面の下の方を指差すと、やや早口に言った。

「このトピックスのとこ、”最近超上質なオーラを入手しました。興味のある方はお気軽にご連絡ください”って」

 辟易した様子で見ていたクロロの顔つきが変わる。
 その一文には彼も大いに興味を引かれたらしく、シャルナークも口端を上げた。

「有効利用ってのがひっかかってね。そっち方面で探してみたんだ、どう?」
「コンタクトはとれるのか」
「実はもうメールした。けどさっき、予約が一杯だって返ってきたんだよね。交渉は一ヶ月後くらいになるだろうって」
「そのメールから相手を辿れないのか」
「それももうやってるけど、サーバーをいくつか経由してる上に巧妙に追尾を交わしてる。たぶん突き止めることはできるだろうけど、時間はかかるよ」
「どのくらいだ」

 シャルナークは廃墟の高い天井を見上げた。

「一週間くらい、かな」

 ただね、とすぐに神妙な顔つきで付け加える。

「それはあくまで希望的な数字で、相手が俺のクラッキングに気づいて何らかの対策を講じる可能性はある。もちろん痕跡は残さないようにしてるけど、あちらさんがどんな手練れかわからないからね。それによっては日数も伸びるし、最悪サーバー自体を解約して逃げられるって可能性もある」
「それは通常レベルのセキュリティ対策なのか」
「まさか、かなり気合入ってる部類」

 ふむ、とつぶやいてクロロは片手を顎に添える。

(一筋縄ではいかない、というわけか)

「だからよォ団長、やっぱ地道に数増やすっきゃねーよ」

 口を挟んできたのはノブナガだ。着物の前合わせに片腕をつっこみ、陽気な調子で声をかけてくる。

「1000人っつーことはアレだろ、一日10人とやりゃ100日で終わりだぜ」
「別にヤる必要はねェだろ。要は「愛してる」って言わせりゃいいんだからよ」
「フィンクスの口から「愛してる」なんて聞く日が来るとは思わなかったわ」
「バッ、今のはちげえよ!」
「俺はけっこう言ってると思うなー。こういうタイプに限ってカノジョにはデレデレなんだよ」

 テメエ死にてェのか!とフィンクスが吠える。
 口を挟む気にもなれず、クロロは小さく息をつくと瓦礫から腰を上げた。濡れた衣服はすでに乾いているが、叩きつけるような雨音は今も続いている。

達成までにあと 999 pt が必要です。

 まさに呪いのように脳内でこだました。


***


「隣に座ってもいいかな」
「え?」

 突然声をかけられた女は、まず訝しむように目を細めた。しかしジェントルに微笑む男の姿を確認すると、すぐさま態度を改める。
 女の了解を得ると、男―クロロ=ルシルフルはスツールを引いて腰かけた。

 バーのカウンターで一人飲みする女には何種類かいるが、酒をゆっくりと味わうわけでもなく、マスターや常連客と会話をするわけでもなく、退屈そうにグラスを傾けているようなタイプはナンパ待ちだ。もちろん一概には言えないが、女の反応を見る限り今回はアタリのようだ、とクロロは内心で思った。

 あまり突っ込んだ質問はせず、さり気なく女の趣味趣向を聞き出し、知識の引き出しから共通の話題を選んで提供する。同じ趣味があると思わせるだけで大抵の女は驚くほど簡単にガードを下げる。
 相手が興に乗って喋りだせば聞き役に徹し、口数が少ない場合は沈黙にならない程度に言葉をつなぐ。決して自分からは誘いの言葉は口にしない。
 グラスも進み、ほどよく酔いもまわると大抵の女が痺れを切らせて言う。

「なんだか飲み過ぎたみたいだわ」

 まるでテンプレートだが、実際に多いセリフだ。クロロはそれまで微塵も感じさせなかった下心をここで少しだけ覗かせ、女の座るスツールにさり気なく腕をかける。

「もうこんな時間か。君と話すのが楽しくてつい時間を忘れたよ」

 柔和に微笑みながら、名残惜しげにささやく。女は一度視線を逸らしたが、すぐにまた戻して熱っぽい瞳で見返した。目尻が赤く染まっているが、アルコールのせいだけではなさそうだ。

「……これからどうするの?私はもう少し、あなたと一緒にいたいわ」

(この女も落ちたな)

 クロロは冷静に分析しながらも、以前は少なからずあった達成感や興奮がまるで感じられないことに憤る。
 普段であれば食指を伸ばさないタイプの女だからかもしれないが、その手のタイプが一番手っ取り早いのも事実だ。
 よほどのことがない限りこのままホテルに直行のパターンだが、ベッドを共にするかしないかは気分次第だ。体力云々よりもセックス自体がすでに食傷気味で、アイシテルの言葉は何かの暗号のように思える。

 会計を済ませ、バーを出るとエレベータに乗り込んだ。乗り合わせた客は他におらず、閉鎖された空間という後押しもあってか女の積極性が増す。
 クロロの腕に手を絡め、ぴとりと身を寄せると肩に頭部を預けた。上質な肌触りのスーツからは彼にぴったりの甘くセクシーな香りがする。女はうっとりした顔で言った。

「私……普段はこんなことしないのよ」

 それが常套句なのか真実なのかはどうでもいい。頼むからこれ以上俺のテンションを下げないでくれ、とクロロは胸の内でぼやく。女が何か喋れば喋るほどその喉を引き裂きたい衝動に駆られるが、今はまだできない。少なくともキーワードを引き出すまでは。

 すぐに連絡の取れる女は三日で尽きた。
 彼の交友関係は世界各地に及んでおり、一週間以内に会える場所に居住している女でアドレス帳にある名前など数が知れている。そうなると現地調達しかないのだが、最初はそれなりに楽しめたやり取りも数を重ねるごとに興ざめしてくる。今では心底うんざりしており、もう勘弁してくれというのが本音だ。
 ちなみにシャルナークからの朗報はまだない。

 夜も深まった帰り道、クロロはスーツの内ポケットからガイドブックを取り出した。もはやこれを見るだけで殺意が沸く。

現在のポイント 197 pt
達成までにあと 803 pt が必要です。
コメント:いい調子ですね!このままどんどんいっちゃいましょう!

「……魔術師サリーとやら、楽に死ねると思うなよ。フェイの拷問よりも辛い地獄と絶望を味わわせてやろう」

 クロロは人知れずつぶやいた。




text top