※オリキャラ登場します。

ViVi08



 この街の広場には大抵噴水があり、ベンチがあり、オープンカフェがあり、そこに集う人々の陽気な笑い声がある。

「ブチャラティ、昼食かい?」
「ああ」
「良い午後を」

 通り過ぎざまに声をかけてきた顔なじみに手を上げて返すと、ブチャラティは途中だった食事を再開する。

 彼が今いる広場も例にもれず、中央に見事な彫刻の噴水があり、それを囲むようにベンチが設置されている。そのうち一つに腰をかけ、テイクアウトのピッツァとエスプレッソで簡単なランチの最中だった。
 時々声をかけられながら食事を終え、エスプレッソを口にしたとき、彼の前に影が落ちる。

「チャオ。おとなり良いかしら」

 ブチャラティが顔を上げると目鼻立ちのはっきりとした美女が立っていた。微笑んだ口元の形や、ゆるく波打つブロンドがゴージャスな印象を与える。彼女の背後には四階建ての新庁舎があり、上空には南イタリアらしい真っ青な空が広がっていた。

「これは公共のベンチだ。座るのは君の自由だぜ、お嬢さん」
「じゃあ遠慮なく」

 ブチャラティが横にずれると女は隣に腰を下ろした。爽やかな陽気の心地良い午後で、ひと時の憩いを求めて集まる顔ぶれは多いが、ベンチは満席というわけではなく、ちらほら空きもある。
 ブチャラティは食べ終えたピッツァの包みをくしゃりと丸め、女の顔をまじまじと見た。

「初めまして、だよな。オレを知っているのかい?」
「ええ。あなたはとても有名だから」
「そうかい。それで、オレに何の用かな」
「あなたと少しお話がしたかったの」

 女はそう言って意味深な眼差しを向ける。その仕草が自分の魅力を最大限に引き出すのだと知っているようなあざとさもあったが、それを差し引いても充分に魅力的だった。
 向かい側からやって来た衣料品店の店主がブチャラティを見つけ、声をかけようとするが、彼が女性連れだと気づき、にやりと口元だけで笑い、ぐっと親指を立てる。

 ブチャラティは苦笑して、飲みかけのエスプレッソに口をつける。彼は噴水のネプチューン像に目を据えたままで言った。

「それで、オレとどんな話がしたいんだい?お嬢さん」
「それは……ここじゃあ話せないわ。どこか、二人っきりになれるところじゃあなきゃあ」

女が顔を寄せ、ブロンドの髪がブチャラティの肩口に触れる。彼は表情を変えずに返した。

「なかなか堂に入った演技だな、ディーノ」

 その瞬間、女の瞳が陰りを帯びる。ブチャラティの手に重ねかけていた自身の手を引っ込め、しばらく黙り込んでいたが、じきに小声でつぶやいた。

「相変わらず食えねえ男だなブチャラティ、いつから気づいてた」
「その女性の名はベッティーナ。オリヴェッラ通りの花屋の店員だ。オレは彼女と面識がある」
「……つまり”初めまして”じゃあねえってワケか」

 女は上品な風貌に似つかわしくない粗暴な口調で言うと、大きく舌打ちしてベンチにどっかと座りなおす。しっかりメイクされた顔が不敵に笑った。

「そう怒るなよブチャラティ、ちょっとしたお遊びだろ」
「悪趣味な男だな」
「あーつまんねーの。オレのスタンドじゃあ記憶までは「コピー」できねえからな」
「なあディーノ。一応聞くんだが、おまえのその能力、コピーされた本人には何の影響もないんだよな」
「ねえよ。そのベッティーナ?て女も、今頃のんきに花でも売ってんじゃあねえーの」
「それならいい」

 安堵したようにつぶやく横顔を見て、ディーノは何かを言いかけたが、結局思い直して溜息をつく。代わりにどこからか取り出した小さなカードをブチャラティの傍らに置いた。
 ブチャラティはそのカードを取り上げ、無言で改めると、ズボンのポケットに素早く収める。

「さすがに早いな。まだ二日だぜ」
「アホか。二日もかかっちまった。キチッと上を通しゃあ二時間もかからねえよ」
「うちの情報管理チームは優秀だな」

 二人が言葉を止める。
 彼らの座るベンチの前を通りがかった老婦人が二人、柔和な顔で微笑みかけてきた。

「デートかい?ブチャラティ」
「良いねえ、若い人は」

 二人は立ち去る婦人を笑顔で見送って、再び話を戻す。はたから見れば彼らは愛を語らう恋人同士のようで、そういった姿は広場のそこかしこにあった。
 ディーノが言う。

「なんだってそんな女を調べてる。ギャングでも何でもねえただの女だろ」
「ただの女でも、7年も前にこの街を出て手がかり一つない相手だ。オレに探し出すのはムリだ」
「オレは理由の方を聞いてるんだぜブチャラティ。おまえ、ちょっと前にデブから小娘を一人預かっただろう。それに関係してんのか」

 ディーノは鋭い目を向けるが、ブチャラティは押し黙ったままだ。こうなってはテコでも喋らないことを知っている彼は、質問を変える。

「なんであのデブを通さねえ。なんかマズいコトじゃあねーだろうな」
「心配するなディーノ。彼を、ポルポを謀るつもりはねえ。ただ、全てを報告するつもりもないってだけだ」
「……よくわからんが、うまくやれよ。あのデブはおまえが思う以上に”耳”を持ってやがる。トチるんじゃあねえぜ」
「わかっている。報酬はいくらだ」
「バーカ、いらねえよ」

 女性の華奢な手が力強くブチャラティの肩をはたく。

「すまんな。この借りは必ず」

 話は終わった、とばかりにブチャラティが立ち上がる。その背中を引き留めるように、ディーノが神妙な声で言った。

「おまえはクソ真面目すぎるんだよブチャラティ、最近女を抱いたのはいつだ」

 この男はいつもこんな調子だったな、と思い出しながらブチャラティは振り返る。艶めくリップが今はへの字に曲がっている。

「おまえに心配されるほど困っちゃいないぜ」
「どうだか。別に本命を作れってんじゃあないんだぜ。商売女でもなんでもいい。そういう潤いが必要だって言ってんだ。特にテメーのような男にはな」
「肝に銘じておくよ」
「おう、銘じとけ」

 去り際にふと足を止め、ブチャラティが背後の男―外見は女性だが―にもう一度顔を向ける。

「知ってるか?ディーノ」

 ブチャラティは自身の耳たぶの裏側に人差し指をあてると、含みのある笑みを浮かべる。

「彼女、ここにホクロがあるんだぜ?」

 呆気にとられたディーノが見えもしない耳たぶの裏に手をやったのは数秒後で、ブチャラティは声を上げて笑った。

「ははは、冗談だ」
「ウソこけこのスケコマシ野郎ッ」




 昔馴染みと別れ、ブチャラティはチームのたまり場であるリストランテへと戻った。ほとんど同時に戻ったアバッキオが「ちょうど良かったぜ」と茶封筒を差し出す。

「あんたにだ。メガネ屋のオヤジからの預かりモンだ」

 二人がテーブルにつくと、すでに揃っていた少年二人も顔を寄せてくる。

「それ何だよブチャラティ」とナランチャ。

「別に隠すようなモンでもないしな」

 ブチャラティはそう言うと茶封筒から書類を取り出した。それは色鮮やかに印刷されたパンフレットで、表紙には古めかしい建物の写真と、面白味のないタイトル文字がある。

「ネアポリス中・高等学校……?これ、学校のパンフレットですか」

 タイトルを読み上げたフーゴが向かい側に座るブチャラティに目を向ける。ブチャラティは椅子にゆったりと座り、足を組んでいる。

「メガネ屋のオヤジさんの孫がここに通っててな。取り寄せてもらったんだ」
「もしかして……あの娘にか?」

 アバッキオの問いかけにブチャラティは無言でうなずく。一人状況が理解できないナランチャがフーゴに顔を向ける。フーゴは呆れたように言った。

「わからないのか?あの娘、にってことだろうが」
「へ?……中学行くの?」
「彼女には今夜説明するつもりだ」

 店主がワゴンを引き、紅茶のポットを持って現れる。飲み終わったカップを下げ、新たなカップとポット、軽食の乗った皿を置いてホールへと戻った。

 アバッキオが紅茶をカップに注ぎながら、何の感慨もないふうに言う。

「まあそれが無難だな。あの娘の能力がわかった今、これ以上オレたちチームが面倒を見る必要はねえ」
「ここ、全寮制ですよね」

 一人、パンフレットをめくっていたフーゴが顔を上げる。彼は言いづらそうに口を開いた。

「学費、けっこうかかりそうですけど、あの娘、カネはあるんですか」
「それについては心配いらない」
「おいおい、まさかあんたが払うなんて言わねーよな?ブチャラティ」

 アバッキオが鋭く言った。ブチャラティはきっぱりと返す。

「もちろんだ」

 そう言いながら、ズボンのポケットから取り出したカードをテーブルに置く。そこにはある女性の名前と住所、10桁の番号が記されていた。彼はカードに指を置き、とんと一度叩く。

の母親と連絡が取れた。彼女は再婚してシエナに住んでいる。を引き取ることはできないが、学費なら出すと申し出てくれた」

 場の緊張がゆるみ、ナランチャがあからさまに相好を崩す。

「そっか、良かったなァ
「そうだな。引き取れないのは、まあ再婚してるんじゃあ仕方ないか。シエナは遠いしな」
「なあフーゴ、ネアポリス中学ってどこにあんの?」
「ええと……ああ、ヴォメロ地区だな。治安も良いし、いいんじゃあないか」

 盛り上がる少年二人を横目に、厳しい顔つきのアバッキオが隣の男を見やる。

「どうやって調べた?手がかりは何もねえって言っていただろう」
「ディーノだ」
「……あいつか。久しく会ってねえが、あの男は達者なのか」
「ああ。今日は女性だったけれどな」

 なかなかいい女だったぜ、とブチャラティが愉快そうに笑う。アバッキオはカップの紅茶を飲み下すと、視線を宙に漂わせた。

「そう言や、そんな能力だったな。結局あの野郎の素顔はどんなツラなんだ」
「さあ、オレも知らねえな」
「そうなのか?」

 アバッキオがぎょっとする。ブチャラティは薄く笑いながら、「オレにも一杯注いでくれ」と紅茶のポットを指さした。




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