ViVi02



 を連れ、ブチャラティは仲間の待つリストランテへと戻った。
 食事中の客の何人かが彼の連れに一瞥をくれたが、詮索してくるような者はいない。この店へ集う客も店の主人もブチャラティという男をよく知っており、複雑な事情があるものと理解していた。

「みんな、戻ったぞ」

 ブチャラティが顔を出すと、各々の時間を過ごしていた部下たちが手を止めた。

「早かったですね、ポルポの用件は」

 言いかけたフーゴが言葉を切り、ブチャラティの後ろに隠れるように立つに視線を移す。

「なんだ、その娘は」

 アバッキオも訝るような目を向けて、外したヘッドホンを首にかけた。

「みんな、紹介する。彼女は。しばらくオレたちのチームで預かることになった」
「預かる?なぜです?」
「ポルポの命令だ」

 疑問もあるが、その一言でひとまず場が静まる。
 ブチャラティは仲間が座るテーブルに目をやると、空いている椅子を一脚引き、そこに彼女を座らせた。
 何か飲むかとたずねると、は小さく首を振る。少女は刑務所で名乗った以降、一言も言葉を発してはいない。

「疲れているだろうが、君に聞きたいことがある。いくつかオレの質問に答えてくれ」
「……ちょっと、ちょっと待ってくれよブチャラティ!」

 それまで事の成り行きを見ていたナランチャが、たまりかねたように言った。

「その子……ケガしているじゃあねえか!服だって……スッゲー汚れてるよ、なんで誰も心配しないんだよーッ」
「んなこたあわかってる」

 厳しくいさめるアバッキオに、ブチャラティが片腕を上げる。

「いや、そうだな。まずは手当をしよう。フーゴ、店主から救急箱を借りて来てくれ」

 派手な皮下出血や爪が剥がされた指はもう時間が経過しており、痛々しくはあるが早急な治療を必要とはしていない。それはわかっていたが、ブチャラティは敢えて指示をした。
 救急箱片手に戻ったフーゴはの前で膝をつき、湿布を貼ろうと取り出すが、はそれを拒否する。

「嫌がるなら無理強いすることはない」

 ブチャラティはそう言うと、テーブルに手をついた。

「初めに言っておくが、彼女――には、スタンド能力がある」
「何ですってッ?」
「ポルポの試験に合格したんだ。志願したわけじゃあないが、結果としてそうなったようだ」

 仲間たちの顔色が変わる。立ち上がりかけたナランチャの肘が運悪くティーカップを押し、テーブルから滑り落ちた。
 そう、確かに落ちたのだ。けれど今、そのカップはテーブルにあり、こぼれた紅茶が床を汚すこともない。それまで虚ろに伏せていたの顔が驚愕していた。

「今のが、見えたんだな」

 ブチャラティが鋭い視線を送る。
 カップは確かに滑り落ちた。けれどすかさずキャッチされ、一滴のしずくもこぼすことなく元あった位置に戻された。
 当然、人間の反射神経でできる芸当ではない。ブチャラティのスティッキィー・フィンガーズがそれをやったのだ。

「スタンドはその人間の持つ生命エネルギーをヴィジョン化したものだ。スタンドはスタンドを持つものにしか見ることができない。君にはその能力がある。そいつは間違いない。問題は、それがどんな能力で、君が制御できるのかという点だ」

 じっと耳を傾けていた少女が硬い表情で言う。

「……私には、そんな力ないの。本当にただ……見えるだけだもの」
「最近、身の回りで何か変わったことはないかい?何か違和感を感じたとか、誰かに見られているような気がしただとか」

 それはあの男、ついさっきまでを拘束していたギャングにも再三された質問だ。は力なく首を振る。

「私は……これから、どうなるの」

 膝の上の手が震えている。ブチャラティはその様子をしばらく注視していたが、短く息をついた。

「君はしばらくオレたちチームが保護する。勝手にどこかへ行くことは許されないが、素直にオレたちの指示に従うと言うのなら、決して危害は加えない。君のお父さんのことは気の毒だったな」

 がはっと顔を上げる。刑務所でブチャラティと出会ってから数時間、少女は今はじめて彼を真っ直ぐに見つめた。

「何か異変を感じたらすぐに言うんだ。どんな些細なことでもいい」

 言い終わると、ブチャラティは仲間へと目を向ける。

「ナランチャ、の世話はお前に頼む」
「へ?オレェ?」
「そうだ。先に家へ戻っていろ。奥の寝室を使っていい」

 気の抜けた返事とともにナランチャが腰を上げる。の肩を叩いて「行くぜ」と声をかけた。ぶっきらぼうながらも気遣いつつ歩く少年の後を、重い足取りで少女が続く。

「二人で行かせて良かったんですか」

 二人が去った方向へ顔を向けたままフーゴが言う。
 ブチャラティはカップに紅茶を注いでいた。それを手に椅子に腰かける。

「アパルトメントはすぐそこだ。それに、逃げたりはしないだろう」

 逃げれば組織の追手がかかり、捕まればこれまで以上の苦痛を味わうことになる。十代半ばの少女だとしてもその程度のことは理解できる。

「思うんですが、組織には他人の能力を調べることのできるスタンド使いはいないんでしょうか」

 それは当然の疑問だった。ブチャラティはふむ、とカップを置く。

「いるかもしれないが、少なくともポルポの息のかかった連中にはいないってことだろうな」
「ポルポの手下じゃあなくても、組織にいるなら、呼び寄せればいいでしょう?拷問するよりはてっとり早い」
「そんなスタンド使いがマジにいるかは知らねーが、わざわざネアポリスくんだりまで呼んでそれに見合う能力があの娘にあんのかって話だろ」
 そうだな、とブチャラティが言葉をつなぐ。
「どちらにせよポルポは、あの娘の能力に大した期待はしていない。使えるならラッキー、くらいには思っているかもしれんが」

 束の間、ブチャラティは考える。
 の能力が、組織にとって無害かつ無価値であればいいと。もしも利用価値があれば、少女は一生飼い殺しにされる。もう二度と元の生活には戻れないだろう。



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