ブラックベリーとマシンガン03



「ありがとうマチ、助かったよ」
「もし発熱したら適当に冷やしてやりな。麻酔なんてしてないからね」
「うん了解、完璧な処置だね。さすがマチ」

 上手く制御されたオーラが二つ、傍でなにやら喋っている。
 自分はいったい何をしているのか。は現状を把握しようとするが、酷い二日酔いのような状態で考えがまとまらない。温かい毛布に包まれているようだ。

「その子、どういう子なんだい」
「俺の彼女だよ。なんで?」
「普通の子じゃないね、気を失うまではあたしの念糸も見えてたようだし」
「ごめんマチ。後でちゃんと説明するから、今はこのこと忘れてくれないかな」

 まだ若い女の声。シャルナークが呼び寄せた彼の仲間だ、とは思い出した。どうやら気を失っていたのは短い時間のようだ。

「わかった、じゃああたしは帰るよ」
「ちょっと待って、実はさっきから団長と連絡が取れないんだ。そっちにあったら俺にかけるよう伝えて」

 そこで喋る声が遠ざかり、二人が部屋を出たらしいことがわかる。ドアは開いたままのようだ。
 薄目を開けて周囲を見回す。自分が寝ているのが自宅の寝室のベッドだとわかってはいくらか安堵したが、同時に気が急いた。ライラはどうなったのだろうか。そこで気配と足音が戻ってきた。

「起きた?」

 目覚めた彼女に気づき、シャルナークが駆け寄ってくる。はゆっくりと上半身を起こした。

「……シャル」
「怪我はもう大丈夫だよ。どんな整形外科医よりも腕の立つ俺の仲間が治療したから」

 ほら、とシャルナークが彼女の右腕を持ち上げてみせる。縫合の痕はあるものの、傷は完全に塞がっている。左腕も同様で、痛みはまるで感じなかった。

「ありがとう……すごい仲間がいるのね」
「水飲む?何か食べられそう?」
「うん、だけど、ちょっと電話したいの」
「それは俺の質問に答えてからにしてくれるかな」

 はベッドから降りかけたが、シャルナークがそれを阻止して彼女の手を両手で包むように握る。

「誰にやられたの?は念能力者だよね?しかもかなり訓練されてる。君が絶を解かなきゃ、俺たぶん気づかなかったよ」
「……」
「答えられない?だったら質問を変える。書斎でサブマシンガンとパラペラム弾を見つけたんだ、あれって何?」
「言えない、だけどシャルだって能力者でしょ?驚いたわ」
「俺だって驚いてるよ、まさかが念能力者だなんてさ」

 お互いがお互いの前で一般人を装っていたということだ。握った手のひらに力がこもる。

「もう終わりね、私ずっとシャルに嘘をついていたの。システムキッチンのショールームに勤めてるなんて嘘よ」
「それなら俺だって探偵事務所に勤めてるって言うのは嘘だよ。本当の正体は盗賊なんだ」
「え?何ですって?」

 シャルナークの口から出たトウゾク、という響きが別の何か、優しいものを指す言葉のように思えてくる。トウゾク、とうぞく、盗賊。

「……盗賊なんて嘘でしょ?シャルナーク」
「嘘じゃない、騙しててごめん。だけど俺は君が好きなんだ、だから嫌われたくなかった」
「それは、私だってそうよ。シャルが好き、できることならずっと」

 言葉の途中でシャルナークがを抱き寄せる。短いキスをして、愛しそうに鼻先をすり合わせた。

「俺の仲間が今日ある暗殺者に襲われたんだ。突然マシンガンをぶっ放されたって言ってた」
「……え?」
「君を疑うなんてどうかしてると思う、だけど部屋であんなものを見たから気になってさ。俺は安心したいだけなんだ」
「シャル、あの」
「正直に答えて欲しい。意味がわからないならそう言って」

 が小さく息を飲む。点と点が線で繋がるように、彼女の頭にある仮説が浮上した。

「……シャルは、あいつの仲間なの?あのA級首の」

 今度はシャルナークが息を止める。目には落胆があった。

「私、失敗したの……自害する暇もなく気絶させられて、仲間の安否もわからない」

 どのくらい気を失っていたのか、目覚めた時にはターゲットの黒髪の男は消えていて、部屋には一人が残されていた。
 両腕が鋭利なもので裂かれていて、血を流し過ぎていた。念で止血したが指先の感覚がなく、マシンガンを具現化しても持つ握力がない。おそらくそれが男の狙いだろう。

 ライラの行方は依然わからず、逃げたのか、すでに死んでいるのか、今はそれすらもわからない。組織に一報だけ入れるとは負傷した腕をコートで隠してなんとか自宅まで戻って来たのだ。

「自害なんて言わないでよ、君が死んだら俺は悲しいよ」

 抱き寄せていた身体を離して両手で肩を抱くと、シャルナークはの目を覗きこむように見つめた。

「だけど君をこのまま逃がす訳にはいかない。訊かれたことには素直に答えて。まず、ブラックベリーは組織なの?」
「……ブラックベリー?あの”ブラックベリーの悪夢”のこと?シャル、確かにあなたの仲間を襲ったのは私だけど、ブラックべリーのことなんて知らない。それに何があっても組織については喋らない、時間の無駄よ」

 シャルナークのエメラルドのような瞳から感情が消える。まるで幕を閉ざすように。はそれをはっきりと感じた。
 その目には見覚えがある。ターゲットに対峙したとき、彼女の目にも同じ冷酷さが浮かぶ。
 俺さ、とシャルナークは静かな声で続けた。

「君が真っ当な人間じゃなければいいなってずっと思ってた、俺と同じ側の人間だったらどれだけいいかってね。だけど」

 部屋に満ちた殺気が肌を切る。彼の手にはアンテナのような物が握られていた。同時に毛布の下で具現化されるマシンガン。安全装置はすでに外されている。

「まさかブラックベリーだったなんてさ」
「シャル、殺気が痛いわ」
「あはは、君こそ俺を殺す気?」
「シャルが組織に、ボスに手を出すなら、そうなるわ」

 なぜか二人の顔には笑みが浮かび、同じ闇を分かち合う者だけが共有できる高揚感に包まれていた。
 どれだけ愛し合っていても、他の大切な何かのために殺しあえる。そんな価値観さえも二人は同じなのだ。

「こっちが照れる。いちゃつくのはいい加減にしてくれないか」

 突然現れた第三の気配に、シャルナークとが同時に目を向けた。廊下から現れたのは黒いスーツに身を包んだ男。彼の絶は完璧だったが、それに加えぶつかり合う二つの殺気がわずかな違和感を相殺していた。
 シャルナークが目を丸くする。

「団長!?なんでここがわか、あ、マチから聞いたの!?」
「あ、あんた!私を追って来たのね!?」

 二人の声が重なり、幻影旅団団長クロロ=ルシルフルは渋面をする。

「かぶって喋るな、耳が痛い。俺が聞いたのはコイツからだ。だがまさかシャルナークがいるとはな」

 そこで部屋の中央に何かが投げつけられる。それを見てが目を剥いた。
 奇抜な髪型の女が全身血だらけで苦しげに唸っている。ライラだ。両手両足の骨が粉砕されているらしく、関節がぐらついている。はベッドから飛び起きて背後に飛び、腰だめに構えたマシンガンのトリガーを引いた。

「気をつけろシャル、この女の弾丸は軌道を変える。数センチ単位で避けずに距離を取れ」
「え?そうなの?うわあぶな」

 流れ弾が不自然に曲がり、シャルナークは慌てて後ろに飛んだ。追尾型ほど高性能ではないが、逃げる人間を追う軌道を取っているようだ。
 は発砲を続けながら負傷したライラの元まで駆け寄り、素早く担ぐ。彼女の寝室には窓はなく、唯一の出口であるドアには二人の男、やりあって敵う相手ではない。それでも何とか突破口を探さなければならない。念のマシンガンにも弾切れはある。限界は日に千発程度だ。

、降参してよ!俺と団長相手に逃げ延びるなんて無理だから」

 シャルナークが声を張り上げるが、爆音に邪魔されて切れ切れに届く。は一方の腕でライラを支え、もう一方の腕でマシンガンを担いで連射した。

「そうはいかないわ……!だけど、一緒に南セレティア島に行きたかった、大好きだったの!」
「もう過去形なんだ、俺は今でものことが好きなのにさ!」
「私だって過去形じゃない、シャルのことが今でも好き!」
「いい加減にしろ!俺が胸焼けを起こす。女、お前の背負っているやつをよく見てみろ」

 クロロがうんざりした顔で前髪を掻き上げる。指の間から額に刻まれた十字架が覗き、の指がトリガーから離れた。

「……その十字架、まさか、幻影旅団のクロロ=ルシルフル?」

 無音になった室内にの驚愕した声が響く。
 裏世界の住人ならば一度は耳にしたことがあるだろう幻影旅団、その頭、クロロ=ルシルフル。旅団の素性はほぼ知られていないが、は耳にしたことがあった。旅団長の額には十字架のタトゥがあり、逆十字の入ったロングコートを愛用していると。
 間の抜けた声を出したのはシャルナークだった。

「えー……知らないで殺るつもりだったの?さすがに無謀すぎるでしょそれ」
「違うわ、私が受けたのはA級首のシリル=ブリュノーって男よ。黒髪黒眼の痩躯」

 彼女は慌てて言い返すが、何か釈然としない。
 黒髪黒眼の痩躯、年の頃は20台半ば、その情報は誰から聞いた?エージェントからは名前しか聞いていない。それ以外の詳細は?

 が抱えていたライラを床に下ろす。
 彼女はあまり好かない年下の同僚を注意深く観察した。ライラのごわごわした赤毛ドレッドの下の、生え際部分に目を止める。ごくわずかだが、ライラの地毛とは明らかに違う髪色が見えた。

「……誰、こいつ」

 髪の毛で巧みに隠されていたが、よくよく見れば喉仏もある。ライラが性転換したのでなければ別人だ。クロロ=ルシルフルは頃合いを見て口を挟んだ。

「ブラックベリーはそいつだ。念で骨格や声帯まで変えるらしい。元の女はとっくに死んでいる」
「団長!だったらなんですぐに連絡くれなかったの!」
「携帯が壊れたんだ、ブラックベリーに襲われたときにな」

 クロロは腕組みしてシャルナークに向き直る。

「つまり、こう言うことだ。お前の女が狙ったシリル=ブリュノーがブラックベリーで、ブラックベリーのターゲットが俺だった。やつはこの赤毛女に成りすまし、自分のターゲットをお前の女の組織に襲わせた。俺を仕留めれば結果オーライだが、おそらく今回は俺の能力を見極めるため、或いはお前の女の組織の情報を得るためか、その両方かだろうな」

 つまりはライラに扮したターゲット(ブラックベリー)に騙され、はブラックベリーのターゲットであるクロロ=ルシルフルを襲った。もしも正規の依頼でクロロの暗殺を請け負うのなら、組織はゼプテットとオクテットを10人はつけるだろう。

 それでも不可能だ、とは身を持って感じた。
 この男はレベルが違う。フォルツァンドなんて枠に収まる強さではない。

「そう言うわけだ、無関係の暗殺者を拷問した所で聞き出す情報はない。後はお前の好きにしろシャル」

 クロロは説明を終えると振り返らずに退室した。
 残ったのは荒れ果てた寝室と肩の力が抜けたと、脱力したシャルナークと瀕死のブラックベリー。
 ベッドは骨組みが飛び出し壁は穴だらけ。ついさっきまでの張りつめた空気は消え、気勢は完全に削がれていた。

 一分近く沈黙が続き、シャルナークがふっと息をついた。いつもの人懐っこい笑みに戻り、それを見たの表情もゆるむ。

「ね、。俺の家で一緒に暮らそうよ、この部屋もう住めないし」
「……そうね、そうしようかな」
「あ、明日の南セレティア島は行くよね?ホテルは水上コテージにしたんだ。バスルームは床がガラス張りになってて最高だよ」
「行く、すごく楽しみ。だけどその前に上司に報告しなきゃ、暗殺完了って」

 はもう一度マシンガンを具現化して瀕死の男にとどめを刺す。彼女は亡き同僚を悼んで三秒ほど黙祷した。




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