ブラックベリーとマシンガン01



 ブラックベリーの悪夢と呼ばれる殺し屋がいる。
 慈悲の心をへその緒と一緒に切り離した冷酷で非道な暗殺者。人の姿を借りた殺人マシンだともっぱらの噂だ。
 ブラックベリーと相対した人間は例外なく葬られているので正確な情報がなく、そのため女だと言う者もいれば大男だ、ゲイだ、美少年だ、老婆だ、など様々な憶測が飛び交っている。

「女なんじゃねーのか、ベリーっつーくらいだからよ」
「性別はわからないよ。ブラックベリーは地名なんだ。やつはそこで一夜に27人を殺し、その惨状を見た街の人たちが畏怖を込めて事件の事を”ブラックベリーの悪夢”と呼んだ。それが今じゃやつ自身を指す固有名詞になったってわけ」
「フン、たた27人よ。大したことないね」
「シャル、団長からかかって来たわ」
「あ、マジ?貸してパク」

 シャルナークは膝に乗せていたノートパソコンを傍らに置き、廃材から飛び降りた。
 ちらっと視界に入るのは、朽ちかけた廃墟には不釣合いな真新しいキャリーケース。部屋に閉じこもりがちな彼のために、恋人のがプレゼントしたものだ。

 彼は今日から一週間の休暇を取り、南の島に発つ予定だった。
 それが、たまたま耳にした噂のせいで全ての予定が狂ったのだ。

『何かあったのか?パク、お前とシャルとフィンクスから合わせて10件近く着信があったぞ』

 電話口からのんびりとしたクロロの声が届く。

「あのね団長、一応忠告だけするけどブラックベリーって殺し屋が団長を狙ってるらしいんだ」
『シャルか。ブラックベリー?知らない名だな』
「それなりに有名なヤツだよ。性別も年齢も全て謎でさ、だから当分は老若男女に気をつけてよ」

 シャルナーク自身、クロロが殺し屋風情の手に落ちるなどとはこれっぽっちも思っていない。ただ念には念を入れて、と思い空港に向かった足をそのままアジトに戻した。

「じゃ、俺しばらく留守にするから。何かあったら携帯にかけてね」
『そう言うことか、なるほど心当たりはある』
「……へ?」
『さっきベランダから押し入って来たヤツがいる。マシンガンを遠慮なくぶっ放されたおかげで部屋は酷いもんだ』
「え!?それでどうなったの?もう殺ったの!?」
『いやまだだ。多少手荒にしたせいで気絶しているが、わりといい女だ』

 シャルナークは深いため息をついた。
 突然無言になった彼に「どうした」とクロロが問う。

「……窮鼠ネコを噛むって言葉もあるんだし、ほどほどにね」

 終話ボタンを押すと同時に一同が詰め寄って来た。シャルナークは薄笑いを浮かべたまま携帯電話をパクノダに返す。
 フィンクスが身を乗り出してきた。

「どうだったんだよ、団長は」
「ブラックベリーは女みたい」
「はあ?」

 しかもわりと団長好みの、とだけ付け加えるとぽかんとする面々を残してアジトを後にした。


***


「あー、俺。ごめん、これ聞いたら連絡して。待ってるから」

 本日三度目のメッセージを残し、シャルナークはもう何度ついたか覚えていないため息をつく。
 の携帯は朝から直留守で、空港にも足を運んでみたが待ちぼうけを食って怒る彼女の姿はなかった。
 今回の目的地である南セレティナ島への直行便は日に一本しかなく、ブラックベリーの件を耳にした直後に便を翌日に変更した。すでに席がないのだから、彼女が間違って搭乗する可能性はゼロだ。

「はー、やっぱ怒ってんのかなあーーー」

 の暮らすマンションの、玄関前に居座って待つこと一時間。シャルナークは途方に暮れていた。
 空港にもいない。部屋も留守。連絡も取れないとなればご立腹だと考えるのが妥当だ。
 うずくまる彼の隣には、有名ブランドのロゴが入った大きなキャリーケース。まるでの代わりにシャルナークを責めているようだ。

「どうしたら許してくれんのかなぁ」

 地べたに座って独り言をつぶやくシャルナークを、ちょうどエレベータから現れた住人が不審げに見るが、すぐに目を逸らして足早に通り過ぎた。

 はこの旅行を子供がはじめて行く遠足のように楽しみにしていた。
 デートよりも仕事を優先するシャルナークには、これまで半年以上続いた彼女がいなかった。
 申し訳ないとは思いつつ、気になる案件があればそっちを優先し、凄腕のハッカーやセキュリティに遭遇すれば時間を忘れて夢中になった。仕事が立て込めば連絡する余裕すらなく、一、二ヶ月放置することはざらだ。少しくらい理解のある相手でも、最後には付き合いきれずに離れて行く。

 そんな中、が現れた。
 はシャルナークの仕事を最大限に尊重し、会えないほど忙しいのであれば部屋に来て邪魔にならないようサポートしてくれた。少しずつ彼の気持ちも深いものへと変わり、今ではすっかり相思相愛の二人だ。

「シャルは引きこもり方が病的なのよ。これあげるからたまには海外旅行でもしたら?」

 ある日が新品のキャリーケースを手にやって来た。
 言い方は素っ気なくても彼女なりの優しさで、シャルナークはそれを充分過ぎるほど理解していた。

「じゃ一緒に行こう、はどこがいい?」

 適当に流されるだろうと思っていたには嬉しい驚きだった。

「えーと、じゃあ、南の島がいい。シャルと何もしないでのんびりするの」
「それいいね。ずーっと手を繋いでのんびりしよう」

 はにかみながらうなずく彼女を心底愛しく感じた。その反面胸を刺す小さな罪悪感に気づかされる。
 シャルナークは幻影旅団の存在も、盗賊であることも話していない。
 とある探偵事務所で情報収集の仕事をしているとの嘘を、彼女は素直に信じて疑わなかった。

 うんともすんとも言わない携帯電話をぼんやりと見つめる。
 隣室のドアが開き、現れた住人がぎょっと目を開く。シャルナークは咳払いをして立ち上がった。

(これじゃ俺ストーカーだ)

 自分がすっかりその予備軍であることを自覚して笑うしかなかった。せめて合鍵があれば部屋で待てるのだが、生憎貰っていない。今度貰おうと心に決めて、シャルナークは何気なくドアレバーを下げてみた。

「あれ?」

 レバーはあっけなく下がり、軽く引くと扉が手前に開いた。不用心にも鍵はかかっていなかった。パンプスが無造作に転がっている。几帳面な彼女らしくないなと思いつつ、玄関ホールに足を入れた。

ー?いるー?」

 いつものクセで軽く気配を探ってみるが、室内は無人らしかった。お邪魔しまーす、と一応断って勝手に入る。二度ほど来たことがある彼女の部屋は、整然としていて無駄な物が一切ない。
 リビングのソファでテレビを観ながら三十分待って、トイレから戻る途中暇つぶしに他の部屋も覗いてみた。興味を引かれたのは書斎で、そこはいつも施錠されていて入ったことがなかった。目を引いたのは、書棚に並んだ大量の軍事雑誌だった。

「……軍事マニアなのかな。言ってくれればレア品とか競り落としてあげるのに」

 いくつか手に取るうちに、彼女の趣味がある一つの武器に偏っていることがわかった。
 それは年代やバージョン、製造会社などが違うありとあらゆるマシンガンの資料だ。それも設置型ではなく、小ぶりなサブマシンガン。ハンドガンやショットガンやライフルなどはなく、ただひたすらにサブマシンガンの資料のみが異様なほどに収集されている。

 書斎の中央にはマホガニーのデスク(例えるなら古いギャング映画でボスが座るような、重厚なやつ)があり、シャルナークは一点の迷いもなくデスクの引き出しを上から順に開けた。
 次に書棚と収納ラックを隅から隅まで確認し、二人掛け用ソファの分厚いクッションも持ち上げてみる。

「お」

 隠し収納に細長いジュラルミンケースが収まっていた。
 一応施錠はされていたが力任せにこじ開けると、中にはブラックボディのサブマシンガンが収納されていた。

「AKT-500コマンドー、コレってどっかの国の軍隊が持ってたやつだよね。おまけにパラベラム弾が、ざっと100弾はある。これって軍事マニアってレベルじゃないよ」

 ねえ?とシャルナークが呼びかける。
 廊下で立ち止まっていた気配が動揺し、程なくして扉の影からゆっくりと姿を現した。

 彼女の姿を一目見たシャルナークは、たった今まで抱いていた不信感や疑惑などすっかり忘れて廊下まで駆け寄った。所在なく立ちすくむの両腕は一見してわかるほど酷い負傷をしていた。

「どうしたのこれ、誰にやられた?」
「……何でもないの、大丈夫よ」
「誰にやられたって聞いてんだよ、答えて」

 の腕は、手首から二の腕までぱっくりと皮膚が避け、血がしたたっていた。悲鳴を上げてもおかしくない程の激痛のはずだ。

「纏、早く纏で止血して、できるんだろ?さっき絶やってたんだから」

 シャルナークは険しい口調で指示すると、今度は携帯電話を取り出した。

「マチ?念糸縫合頼みたい。え?金なんていくらかかってもいいから至急で!」




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