QUWROF.1



 幻影旅団、通称クモ。一般人にもその名を知られた悪名高い盗賊集団であり、メンバー全員が桁違いの強さを持つA級賞金首。
 目的のためなら手段を選ばず、狙った獲物は確実にすみやかに奪い尽くす。時には慈善活動を行うなど不可解な行動も見せるが、基本的には殺して盗む。慈悲も例外もない、冷徹で非道な殺戮集団だ。

 そのクモを統率する男、幻影旅団団長クロロ=ルシルフル。
 一見するとたぐいまれな美貌を持った物腰の柔らかな男だが、彼の異常なまでの物欲がクモの行動理由でありその全てだ。
 彼は手に入れた財宝を一しきり愛でると何の感慨もなく売り払う。物欲はあっても執着はない。彼は無類の本好きでもあるが、その本さえもよほどのことがない限り読み返しはしない。

 今日も今日とて殺して盗み、首尾よくお宝を奪取した幻影旅団の面々は、街はずれの廃墟で祝杯をあげていた。
 夜中から始まった宴会は長時間に渡り、一部が崩落した天井からはすでに白み始めた空が覗いている。仲間の陽気な笑い声や雄叫びを聴きながら一人静かにビールを飲んでいたクロロは、それを飲み干すと瓦礫から腰を上げた。

 がらんと広い廃墟の中央に積み上げているのは今日の収穫である盗品だ。彼はそのうちの一つに手を伸ばす。
 見た目はなんの変哲もないメモ帳サイズの本だが、この本が今日の強奪の目的であり、それ以外の品はおまけに過ぎない。
 題名はなく、著者も不明。わかっているのは執筆者が念能力者で、なんらかの特殊な念が込められているということ。かの有名なゲーム、グリードアイランドと同等か或いはそれ以上の値がつくと言われる一品だ。
 ただ、具体的な内容についてはハンター専用サイトにすら記載されていない。
 つまり、読んだ者の身に何が起こるかは全くの謎だと言うことだ。

 興味は引かれるが、不確定要素が多すぎるのも事実。噂だけが一人歩きしているケースはままある。
 手に入るなら欲しいが探し回るほどではなく、今回シャルナークが情報を得たのも偶然の産物だった。所在がわかったなら後は盗むだけ。急きょ数名の団員を招集し、大した警備もない中級のオークションハウスから盗み出した。

 彼は手にした本に目を落とし、表紙をめくる前に仔細に改める。
 薄いグレイの表紙がついただけの本は、良く言えばシンプル、悪く言えばチープな作りだ。事前情報による特徴とは一致するが、「凝」で見てもオーラが込められている様子はなく、その装丁から内容を窺い知ることはできない。

「団長ぉ、飲もうぜぇ!」
「後にしな。ウボォー」

 陽気な声で近づいて来るウボォーギンをマチが制する。蝋燭の火はとっくに燃え尽きているが、足場に困るほどの暗さはもうない。夜明けはすぐそこまで来ている。

 クロロ=ルシルフルは酔いが回ってごきげんな仲間から手元に目を戻し、口端に笑みを浮かべた。
 お宝を手中に収めた瞬間にだけ感じる恍惚感がある。
 好みの女と肌を重ねているときですら、そんな感情には至らない。もっと身体の深部からふつふつと湧き起こる快感だ。

「さて」

 鬼が出るか、蛇が出るか。
 愉しませてもらおうじゃないか。

 彼は長い指でじらすように表紙を捲る。
 聴こえてきたのはクラッカーが弾けるようなポン、という音だった。

(……なんだ?)

 現れたのは鬼でも蛇でもなく、煙のような浮遊物だ。もちろん煙などではなく、オーラだ。敵意や悪意は感じられない。
 捲るまでは一滴もなかったオーラが今はこんこんとあふれ出し、うごめき、目的を持って形を変える。

よ う こ そ

 浮上したのはオーラで具現化された文字。とっくに表紙は閉じているが文字は次々と現れる。

辺 境 の 地 ラ ズ ベ リ ー ラ ン ド へ

 ラズベリーランド?グリードアイランドのぱくりか?あのゲームのように移動すらしていないのに、辺境の地ってなんだ。
 クロロはそんなことを考えながら周囲に気を配る。誰一人として意識を向ける団員はいない。つまり、このオーラは彼にしか見えていないということだ。

さ っ そ く で す が

 オーラが再び形を変える。

あ な た に 呪 い を か け ま し た

 その瞬間、クロロ=ルシルフルの瞳に鈍い光が宿る。鋭さを増した彼のオーラに反応して団員たちが一斉に目を向けた。

ど う ぞ 愛 を さ さ や い て く だ さ い

(愛……だと?どういうことだ)

 何が来るのかと身構えていたクロロにとって、愛という文字は予想外だった。
 彼の心中を察したかのように、その文字は「詳しくはガイドブックをご覧下さい」と締めくくってから消滅した。

「団長、どうしたの?」

 いち早く駆けつけたのはシャルナークで、彼は片腕にパソコンを抱えている。
 何事にも動じず常に冷静沈着な男、クロロ=ルシルフルが手元を睨んだまま動かない。それに加えて先ほどの尋常ではない殺気。いったい何事かと他の団員たちも集まって来た。

 仲間の心配をよそに、クロロは黙したまま手元の本をもう一度開く。もちろん警戒は怠らないが、再び念文字が浮上する可能性は低いと考えてのことだった。

 案の定、オーラの発生も念による文字も現れない。その代り、ついさっきまでは純白だったページに文字が記されていた。

ラズベリーランド☆ガイドブック 
あなたにかけられた呪いをとくには、1000人の異性に「愛してる」とささやいてください。
その後、相手からも「愛してる」と返してもらえれば1ポイントです。
1000ポイント貯まった時点で、あなたの呪いは解除されます。
ちなみに、強制はいけません。
趣旨が伝わった時点でその相手はカウントから除外されますので、あしからず。

「くそ……」

 思わず舌打ちが漏れる。文章を目で追いながら、同時に彼の身体から水蒸気のように蒸発したもの。それは一瞬の出来事で、抗うすべすらなかった。

ちなみに呪いとは、もうおわかりですね?

「団長……何してんの?そのオーラ」

 本を捻りつぶす勢いで握ったまま、微動だにしないクロロにシャルナークが声をかける。いったい何を遊んでいるのか、とでも言いたげな面持ちだ。
 クロロ=ルシルフルの周囲をたゆたう見事なオーラは一瞬で消え、今はごくわずかな残滓があるだけだ。一般人レベルのオーラしかまとわない彼を誰もが訝し気に見つめている。

「俺だって不本意だ。まさかこんな仕掛けがあるとはな」
「へ?何のこと」
「……取りあえず、ビールをくれ。話はそれからだ」

それではどうか、素敵な愛をお楽しみください。
※追記
貴方には、ごく一般人程度のオーラを残しておきます。
現在お預かり分のオーラは、クリアする日まで当方で有効活用させていただきます。
Produce by 魔術師サリー




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