世界は色であふれている04



 はベッドで膝を抱えていた。肌掛けを頭まですっぽりとかぶり、しかし黒曜石のような瞳は見開いて。
 彼女はプロシュートを一瞥すると、顔色も変えずに涙をこぼした。少女が読み取った感情はいったいどんな色だったのか、考えてもプロシュートにはわからない。
 はオルガから「今夜は何があってもベッドから出ないで」と告げられており、それを忠実に守っていた。そのためベッドから出ることを頑なに拒んだ。考えあぐねた末、プロシュートは真実を伝えた。

 オルガは死に、プロシュートは彼女からを託された。今夜からおまえの保護者は自分なのだと。するとは訴えかけるような瞳をプロシュートに向けた。

「あなたは、私を愛してくれるの?」

 二人はじっと見つめあった。は念押すように繰り返す。

「オルガは私を愛してくれた。あなたは私に愛をくれるの?」

 彼が首肯すると、は探るような眼差しを向けてきたが、やがて安心した様子で微笑み、両腕を真っ直ぐに伸ばしてきた。
 プロシュートが身を屈めて応じると少女の細腕が首に絡まり、きつく抱き着いて来る。彼はを軽々と抱き上げ、片腕で尻を支えて幼子にするように縦抱きにした。






 小さなカップに氷山のように盛られたジェラートにスプーンを差し込み、それをぱくっと食べるとは満足げに笑った。

「美味しい」

 プロシュートは長い指で挟んだタバコを口から離し、ふうーと煙を吐き出してからおざなりに返す。

「そりゃあ良かったな」
「プロシュートは食べないの?」

 その問いかけは三度目で、彼は少しだけ肩をすくめて見せた。ふうん、とやはり同じ返事をすると、はスプーンを動かす。今日の彼女のフレーバーはピスタチオとチョコレートだった。

 二人は今、家族経営の小さなジェラテリアのテラス席にいる。向かいの通りにも大きな看板を掲げたジェラテリアがあり、そちらには行列ができているが、は今いる古ぼけてこじんまりとした店の方を好んだ。少女はこの新天地、ネアポリスでもお気に入りのジェラテリアを無事見つけたようだった。

 あれから一か月が過ぎた。
 のちの調査でわかったことだが、オルガには確かにパッショーネに所属していた兄がいた。抗争中に死んだというのも事実だったが、当然、何かしらの裏事情はあるだろう。オルガが兄の死をどう受け止め、なぜ「紺碧の海」に入団したのか(或いは、それ以前から入団していたのか)はすでに知るすべはない。彼女がダリオ、と呼んだ男についても結局特定はできなかった。

 はスプーンを忙しなく口に入れながら、時折目線を通りへと向ける。これは暇なときの少女のクセで、人間観察をしているのだ。ちょっと首を傾げたり微笑んだり、そうかと思えばしかめっ面をしたりと忙しい。その様子を眺めつつ、何をするでもなくゆったりと過ごす時間をプロシュートは案外気に入っていた。

「どんな色が見えんだ?」

 吸いさしを灰皿に押し付けながら、プロシュートが訊ねる。

「んー……色々よ。怒ってたり、疲れていたり、すっごく優しい色もある」

 は群衆から目を戻し、自分を見つめる男の瞳を真っ直ぐに見返す。彼女のチャームポイントでもある大きな瞳が何度か瞬きをした。それからなぜか、頬を染めて照れる。
 プロシュートはぴくりと眉を動かし、顔を背ける少女の顎を取った。

「オイ、なんだその反応は。今どんな色が見えたんだ?え?答えろッ」
「……内緒!」





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