※ブチャの元カノヒロイン←ジョルノ

Un miracolo di Roma01



 列車に乗るなんて久しぶり、とはしゃいでいたもテラチーナ駅を通過した頃には無口になった。
 車内食にも手をつけず、売店で買った雑誌は10分ほど前から同じページで止まっている。
 向かい合って座るジョルノも口数少なく窓外を眺めていた。家族連れや若者が多い2等車両と違い、全席個室になった1等車両は静か過ぎるくらいだった。

「挙式は夕方からです。着いたらカッフェでも飲みましょうか」
「え?」
「それとも先にチェックインしますか」

 宙を漂っていたの視線がジョルノに向く。

「そうね、キャリーケースが邪魔だし。ホテルってテルミニ駅から近いの?」
「いえ、現代美術館のあたりです」
「もしかして……ツィベリオ・プレジデント?」
「ええ、そこですね。たまに幹部会で使っているんです」
「さらっと言うけどそこ五つ星よね?ギャングって儲かるのね」
もなりますか」
「まさかでしょ。復活祭もナターレも休めないなんて冗談じゃあないわ」

 いたずらっぽく笑う顔はすでに普段の彼女だ。ブティックで働くには銃よりもモードな洋服やバッグの方がよく似合う。
 彼女は手元の雑誌を閉じ、胸の前で腕を組んで窓の外に目を向けた。

「ねえジョルノ、今日の式って本当に私も行っていいのかな」
「ええ、モレッティの意向でもありますから」
「でもどうしてかしら……面識もないのに」

 ぼくがよく話しているからですよ、とは言えずにジョルノは苦笑いを浮かべる。
 二人が今、一路ローマへ向かっているのはパッショーネの幹部の一人、セルジオ・モレッティの挙式に参列するためだ。
 イタリアのギャングは他の国とは違い、立場ある人間は暗殺の手を逃れるために表向きの仕事を持っている。
 今日二人が参加するのは「パッショーネの幹部」の挙式ではなく「トラットリアのオーナー」の挙式であり、ジョルノは彼の友人として、はジョルノの同伴者として参列する。そのため護衛は連れずにやって来た。もちろんミスタやフーゴは渋ったが、最終的にはジョルノが説き伏せた。

 ローマ行きユーロスターはストライキで遅れることもなく定刻通りテルミニ駅に到着した。
 観光客でひしめき合う構内を通り抜け、二人はタクシーで今夜の宿泊先、ツィベリオ・プレジデントへ向かう。オペラハウスをイメージした品格のある外観は遠目にも目立っていた。

 ベルボーイにキャリーケースを預け、高い天井のエントランスホールに入ると、気づいたコンシェルジュが慌てて駆け寄って来る。受付で手続きをすることもなく、最上階直通のエレベータでスイートルームへと案内された。コンシェルジュとベルボーイが去った途端、が呆れとも感嘆とも取れる息をつく。

「ジョルノって本当にビップなのね」
「何ですか今更」
「すごい部屋」

 広々としたリビングスペースはラグジュアリーな家具で統一され、間接照明が目に優しい光を放っている。全面ガラス張りの窓からはローマの街並みがパノラマで広がり、そちらに向かって設置されたソファセットが二つと六人掛け用のダイニングテーブル、奥には簡易キッチンもある。センスの良いアート作品や調度品がさりげなく置かれ、非日常だがゆったりと落ち着いた空間となっていた。
 ベッドルームは二部屋あり、二つ並んだ扉に目をやってジョルノが言う。

「寝室はそこの二つです。どちらがいいですか」
「じゃあ……私はそっちの、手前の部屋を使うわ」
「ではぼくは奥の方を」
「式って18時からだったわよね?場所はどの辺りなの」
「渋滞がなければここから20分ほどの距離です。迎えの車は17時でいいですか」
「シャワー浴びたいし17時15分で」
「わかりました」

 キャリーケースを引いて部屋に消えるを見送ってから、ジョルノはリビングから臨むローマ市街を眺めた。彼の仕度は新しいシャツとスーツに着替えるくらいで持参したパソコンで一仕事してもお釣りがくる。
 眼下に広がる眺望にも飽きるとジョルノも寝室に入った。

「ジョルノ、いい?」

 ノック音と共に声が届く。荷解きと着替えを済ませ、持て余した時間でメールチェックややりかけの事務処理をしていると一時間近くが経過していた。

「ええ、どうぞ」
「何してるの、もう15分になるわよ」
「すみません。すぐ出られます」

 ジョルノはパソコンを落とし、肩越しに振り返る。戸口に遠慮がちに立つを見て彼は動きを止めた。

「似合う?」

 いつもは下ろしている髪をアップにして、胸元が綺麗に開いたシルクのドレスを身につけている。
 普段はデニムやパンツスーツで隠れた形の良い足に上品なブラックパテントパンプスがよく似合っていた。

「とても、魅力的です」
「グラッツェ、行きましょ」

 さらりとかわされて心中は複雑だが、時間が迫っているので一先ず切り替える。エレベータに乗り込むとフレグランスが鼻先を掠めた。
 うなじが綺麗で、一歩前に踏み出して抱き寄せたくなるが、それを寸前で思いとどまる。長い間保ってきたポジションはそう易々とは壊せない。

 ジョルノがに初めて会ったのはブチャラティの墓前だった。
 小雨が降り続く墓苑には薄っすらと霧が立ち込め、その静謐さに彼女の横顔は消え入りそうだった。
 ジョルノは声をかけることもできず、静かに祈りを捧げる彼女をただじっと見ていた。喪服に身を包み、傘も差さずに黙祷する姿はとてもただの知り合いには見えない。もっと深く、強い絆を感じた。10分だったのか30分だったのか定かではないが、祈りを終えた彼女がジョルノに気づくまで、彼はその場を動くこともできずに立ち尽くしていた。
 それが一目惚れだったのだと気づいたのは何年も後の話だ。



 招待客に交じり、ジョルノとはチャペルの最後尾で主役の登場を待った。
 ジョルノが知る限り、ギャングで挙式をする男はセルジオ・モレッティがはじめてだ。少々風変わりな男だが、いざというときには頼りになる男で仲間からの信頼も厚い。

 やがて聖歌が聴こえはじめ、両開きのドアが恭しく開いた。
 まず新郎であるモレッティが入場し、順番としては妻となる女性が父親と腕を組んで現れる。はずだった。

「うおっ!」

 現れた新郎が奇声を上げたので、満干の拍手がぴたっと止んだ。純白のタキシードに身を包んだモレッティは恐ろしい形相でジョルノの傍まで駆け寄って来る。

「ボッ……ジョルノさん!マジに来てくれたんっスね!オレ感動です!まさか本当に来てくれるなんて……ん?ミスタのヤローはどうしたんです?アイツ護衛もしねェで何やってっ!」

 そこでモレッティはジョルノの隣に佇むの存在に気づく。不躾な視線を向けられた彼女は思わず後ずさった。チャペル内がざわつきはじめ、出番を待ち構えていた新婦と父親がひょっこり顔を覗かせる。すでに式は丸つぶれである。

「初っ端から新婦を待たせるなんて感心しませんよ。早く戻った方がいい」

 ジョルノがほとほと呆れた声で言う。「始めてもいいですかな」壇上の神父も口を挟んできた。
 モレッティが頭を掻きながら祭壇に戻り、無理やり軌道修正をして挙式は始まった。彼の友人たちは声を殺して笑っているが、新婦側の親族は揃って苦い顔をしていた。

 形式ばった一通りの儀式が終わるとテープのライスシャワーが舞う。陽はすっかり落ちており、ライトアップの効果で教会のステンドグラスが幻想的に浮かび上がった。通りがかった人々が笑顔で拍手を送っている。

「モレッティさんって面白い人ね」

 ワインのラッパ飲みをはじめた集団を遠巻きに眺めながらが笑う。夜になると気温は一気に下がり、彼女はショールを羽織った肩をすくめた。ジョルノがすかさず上着を脱ぐがはそれを片手で遮る。

「いいわ、平気よ」
「その格好では寒いでしょう」
「大丈夫。今日はとても楽しかったわ」

 笑顔で断られ、ジョルノは脱いだ上着に再び袖を通した。一ミリも縮まらない距離に今更ながら直面した気分だった。大切な存在を失った同士として二人は知り合い、墓苑で会って以来交流を続けている。だがランチやディナーを何度共にしてもこの肩を抱くことはできない。

「ボス……!ホテルまでお送りします!このモレッティ命に代えてもお守りしますッ!」
「バカッ、でかい声でボスって言うんじゃあないわよ!酔っ払い!」
「構いませんよ、パメラ」
「今日は、ネアポリスからわざわざお越し下さってありがとうございました。まさか本当に来て頂けるとは」
「そういう固苦しいのはやめましょう、素敵な式でしたよ」

 マーメイドラインのウエディングドレスを着た新婦がはにかんで笑う。隣のモレッティも照れくさそうに笑った。
 二人とも有能なスタンド使いで有事の際には機械よりも冷徹に任務をこなす。そんな彼らも今日ばかりは緊張の糸も緩んでいる。

「ボス、失礼ですがそちらの方がさんですか」

 ジョルノの背後で穏やかに微笑んでいたを見つけ、パメラが小声で訊ねる。は一歩前に出て握手を求めた。

よ、はじめまして」
「パメラです。あなたの話はセルジオからよく聞いています」
「え?」
「こんなに綺麗な彼女がいるなんて、ボスも隅におけないですね」

 小柄でくりっとした瞳がキュートなパメラは満面の笑みを浮かべる。慌てたのはモレッティだった。

「お、おいパメラ、なにスッとぼけたこと言ってやがるッ」
「え?だってボスの彼女なんでしょ?」
「ちげェーよッ、ボスの片思いだっつったろ!?」

 その瞬間空気が凍りつく。凍りつかせた張本人であるジョルノはにっこりと微笑んでいた。

「モレッティ、あんた何か勘違いをしているようですね。はぼくの友人ですよ」
「そ、そうでした!」
「落ち着いたら一度本部に顔を出してくださいね。ミスタやフーゴも待っていますから」

 口調は穏やかそのものだが背中にゴゴゴゴの擬音が浮かぶ。
 若干15歳で前ボスを倒した切れ者で優秀な指導者でもあるジョルノ・ジョバァーナも恋をすれば一人の男だ。モレッティとパメラはままならない恋に悩む若き上司に心でエールを送ることしかできなかった。



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