イタリア人は年中ピッツァ食べてエスプレッソ飲んでシエスタしててジェラート舐めながら歩いて公衆の面前でキスしてるイメージだと私が言うと、ジョルノはため息をついた。

、あんたイタリア人をバカにしてるんですか」

 ジョルノは言いながら読み終わったらしい新聞を二つ折りにしてテーブルに放る。
 まだぎりぎり朝の時間帯に入るバルはほどよく賑わっていた。

「違うよ、日本とは時間の流れ方が違うなあって思うだけ」
「どう違うんです」
「んー?まずねえ、この新聞」

 腕を伸ばして捨てられるだけの運命にある新聞を持ち上げる。

「日本じゃ新聞は夜明け前からそれぞれの家に配達されるの」
「なぜです?エディーコラで買えばいいでしょう」
「日本にそういうお店はないの。キヨスク、えっと、駅の売店ね、とかでは売ってるけど基本は大抵購読してるからイチイチ買いには行かないの」
「購読ですか、日本人はよほど世情に興味があるんですね」
「読んでるのってお父さん世代が多いんだけど、本当に読みたいっていうより会社や取引先での会話を円滑にするために読んでるんじゃあないかと私は思うの」

 へえ、と生返事をしてジョルノがエスプレッソに口をつける。
 ジョルノ・ジョバァーナという男はシンプルなコーヒーカップを口元に運ぶだけで絵になるような人間だ。おそらくオーダーメイドだろうスーツの襟元をぼんやり眺めながら平皿に盛られたチョコレートを一つつまむ。

「あーあ、日本もイタリアみたいになればいいのに」
「よく言いますね」
「え?何が?」
「君、前に昼時に銀行に行って閉まってたって憤慨してたじゃあないですか」
「あー……だって、お昼に二時間も閉まるなんて病院じゃあないんだから」
「バスの割り込みにもキレてましたね、日本じゃあ順番を守るのが常識だって怒鳴ってたの覚えてます?」
「まあ、そんなこともあったね」
「どの国にも良い面もあれば悪い面もある、一概には言えないってことですよ」

 ジョルノはエスプレッソを飲み干すと立ち上がった。椅子にかけていた黒いコートを羽織って腰のベルトを締める。最後にカシミアのマフラーをふわりと巻いた。

「もう行くの?」
「11時から会議があるんです。、あんた会社はいいんです?」
「今日はフレックスにしたの。でもそろそろ行かなきゃ」
「じゃあ駅まで送りますよ」

 明け方まで降っていた雨のせいでまだ濡れたままの石畳を歩く。空気がきんと冷たくて吐く息が白くなった。切り売りのピッツァを販売するお店からおいしそうな匂いが漂っている。テイクアウトのカッフェを飲みながらのんびりと歩くビジネスマンとすれ違った。

「ピッツァとエスプレッソは認めましょう」

 隣を歩くジョルノが唐突に言った。整った横顔を見上げていたせいでパンプスの踵が窪みにつっかかる。
 すかさず抱き止められたので事なきを得たが、あやうく転倒するところだった。
 石畳は情緒があって素敵だけど機能的ではない。その点日本の歩道はきちんと舗装されていて歩き易い。

「シエスタもまあ、地域によってはあるでしょう」
「うん?」
「ですがこの寒さの中でジェラートを食べ歩いたりはしませんよ」
「ああ、さっき私が言ったこと?」

 イタリア人は年中ピッツァ食べてカプチーノ飲んでシエスタしててジェラート舐めながら歩いて公衆の面前でキスしてるイメージだと言った私の言葉をどうやら根に持っているようだ。

「でもキスはしてるよね、いつでもどこでも」
「愛情表現の一つですよ、手を繋いだり腰を抱いたりするのと同じだ」
「そうだけどさあ、私はやっぱり慣れないな」

 立ち止まったジョルノにつられて私も歩を止めた。瞬きした次の瞬間には女の子みたいな綺麗な顔が目の前にある。
 ジョルノはほとんど表情を変えずに唇を重ねた。

が慣れるまで何度だってしてあげますよ」
「楽しそうね、ジョルノ」
「ええとても」

 少しだけ意地悪く笑うその顔がとんでもなく色っぽいのだと本人は気づいているんだろうか。
 腕がさり気なく腰にまわる。吐き出す息が混ざるほど近くで見つめられて困っているともう一度唇が触れた。
 見慣れた光景なのか、近くを歩く老婆は微笑ましく笑うだけだ。向かい側の骨董品屋の店主もおしゃべりと壷磨きに夢中で視線すら寄越さない。体の表面は冷えているのに奥の方がちりちりとして、その熱を持て余しはじめた頃にジョルノはようやく顔を離した。

「やけに甘い、ですね」
「……それ、チョコレート、のせい」

 息があがっているせいで言葉が切れ切れになる。唾液で濡れた唇に外気が触れて急速に冷えた。私の髪を梳くジョルノの指に気を取られながらもなんとか息を整える。

「ジョルノってさ、本当にイタリア人の血は混じってないの?」
「その質問は三度目ですよ、ぼくは無駄が嫌いだと言ったはずだ」
「言葉を返すようだけど、人生には無駄だって必要なのよ」

 そこで私の目は向かいから歩いてくるカップルの手元に釘付けになる。彼らは肌寒い風が吹く中それぞれ二色のジェラートを幸せそうに舐めていた。見ているコッチの舌は凍りつきそうなのに二人からはほんわかとした温かさを感じる。

「見た?今の見た?」

 喜々として言う私に、ジョルノは涼しい顔でもっともな主張をする。

「まだ一組だけじゃあないですか」
「じゃあ駅につくまでにあともう一人見たらジョルノが私の言うこと何でも聞くっていうのはどう?」
「嫌ですよ、いざとなったらあんたがその一人になるつもりでしょう」
「……ち、違うし」
「へえ、違うんですか。じゃあ一人も見なかった場合は君がぼくの言うことを何でも聞いてくださいね」
「あ、会社に遅れちゃう」

 ゆるやかな下り坂の先にはフニコラーレの駅とジェメッリという名のジェラテリアがある。店オリジナルのジェラートが美味しい人気店でプディング味なんてジョルノのためのようなメニューもある。ふと振り返るとさっきすれ違ったカップルがジェラートそっちのけで情熱的なキスを交わしていた。




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