正しくない二人



 なんだこのスッとろそうな女は

 というのがに対するギアッチョの第一印象だった。居合わせた他のメンバーも同様で、彼らの視線は一人の男に集中する。女を伴って現れた男、彼らのチームリーダー、リゾット・ネエロその人に。
 暗殺チームに所属する面々は例外なくスタンド使いで、当然この女もそうであるが、詳しい説明はなく、リゾットは「暗殺に特化した能力」とだけ告げた。

 彼女はノースリーブのワンピースにパンプスという、おおよそ暗殺者には似つかわしくないいで立ちで、やけに礼儀正しくお辞儀をした。
 おいおい、そんなんで走れんのかよ、と誰かがヤジった。7センチはあろうかというヒールを一瞥してギアッチョも辟易する。どうせすぐ逃げ出すだろう、というのがおおむねの予想だった。ところが、彼女と初仕事でタッグを組んだプロシュートが意外なことを言った。

「ありゃあ、とんだじゃじゃ馬だぜ」

 メンバーは詳細を知りたがったが、彼は珍しく疲労の残る表情で群がる仲間を追い払った。「またにしてくれ」と。普段はきっちり整えられた金髪が乱れていた。

 次にタッグを組んだのはギアッチョだった。
 待ち合わせ場所に現れたはやはりカフェテリアにでも行くような装いで、助手席で組んだ足の先にはパンプスがあった。しかし彼女はターゲットのいる倉庫前につくと、そのパンプスを脱いでしまった。かかとを揃えて目立たない茂みに置く。
 コンテナヤードに隣接する大型倉庫のうちの一つに今回のターゲットがいる。暗がりの中、素足の先で赤いペディキュアが光る。直後、彼女のスレンダーな足を別のものが覆った。

「……オイ、そりゃなんだ」

 丈の短いワンピースから伸びた白い足、そのひざから下を覆うのは黒い編み上げのブーツ。両手には二の腕から指先までを隠す黒い手袋。それらが一瞬で、闇に乗じるように装着されている。

「この中で殺しちゃいけない人はいるの?」

 ギアッチョの問いには答えずはたずねる。やけに暗く鋭い瞳が彼を見上げた。先ほど助手席で流れるネオンを眺めていた愚鈍そうな女はもういなかった。

「いねえよ、皆殺しだ。一人残らずな」

 ギアッチョは苛立ちを含んだ冷たい視線を投げるが、は意に介した様子もなくこくりとうなずく。それから腰を低くして、まるで短距離走の選手がするクラウチングスタートのような体勢を取り、直後、目を疑うような俊敏さで駆けた。
 まるで肉食獣のようなどう猛さで見張りの男二人を殺した。一人は何が起きたのかわからないまま喉を掻っ切られ、もう一人は慌てて銃を構えたが、は姿を消した。しかしそうではなく、常人離れした跳躍力で飛び上がり、倉庫の壁を足場にさらに高く飛ぶと上空で半捻りして男の頭上に飛び移り、右目にナイフを突き立てた。男がぐらりと崩れ落ちる前には再び姿を消し、今度は倉庫内から阿鼻叫喚が上がる。のちに彼女の戦いっぷりを見たメローネは「まるで燃え盛る炎のようだ」と形容したがまさにその通りで、ギアッチョはしばらくあっけにとられていた。
 結局この日、彼がした仕事は倉庫から命からがら逃げ出した男を一人凍死させただけだった。しかし厄介だったのはこの後で、プロシュートの疲弊ぶりを彼は身を持って実感した。

 まるでトランス状態とでもいうのか、20人ほどを殺戮したは手に負えない状態で、最後はギアッチョが自らのスタンドを発動して彼女の自由を奪った。

 の能力はギアッチョと同じ装甲型で、両足のブーツと手袋は彼女の身体能力を飛躍的に向上させた。武器は鋭利なナイフで、太もものレッグホルスターには形状の違うナイフが三本収まっていた。

「迷惑かけて……ごめんね」

 冷静さを取り戻したは至って普通の女だった。世話をかけたことを詫び、今後気をつけると約束した。つま先は先ほどの品の良いパンプスに収まっている。
 ハンドルを握るギアッチョは疲れていた。この女と組むのはもうごめんだ、とうんざりしていたが、彼の意に反して二人はたびたび組まされた。興奮した彼女を鎮めるのに彼が適任だと判断されたからだ。

 何度めかの任務の帰り、は顔を背け、声を殺して泣いていた。彼女に割り当てられる任務は「皆殺し」の案件ばかりで、その日もそうだった。何が彼女の涙腺をゆるませたのかギアッチョには見当もつかない。
 彼は舌打ちしたいのを堪えつつ、ウィンドウに映る横顔をちらと見る。怒鳴りつけることには慣れていても慰めることは性分に合わず、散々迷った末に見て見ぬふりをした。はほどなくすると泣き止んで、再び虚ろな目で窓外を眺めた。

「なんか飲んでくか」

 五度目か、六度目の任務の帰り道、ギアッチョは並んで歩く女に声をかけた。この日は彼の愛車ではなく列車で出かけており、二人はネアポリス中央駅近くの老舗のパブに寄った。時刻は深夜だった。

 スツールに腰かけたは相変わらずぼんやりとした顔で、交差させた足の先にはパテントレザーのコーラルピンクのパンプスがあった。それをスツールにこつんこつんとぶつけている。
 ギアッチョは瓶ビールを、はフルーツカクテルを注文した。特に乾杯もなく飲み始めた二人に会話はなく、無言の時が流れた。過ごした時間は長いが仕事上のやり取りでしかなく、プライベートな面をお互いまるで知らなかった。

「おめーよォ、なんでこんな仕事やってんだよ」

 誘った手前、ギアッチョは先に口を開いた。は即答する。

「そうする他になかったからだよ。あなたは?」

 ギアッチョは少しの時間思考を巡らせたが、結局と同じ言葉を口にした。それ以外の理由でギャングになる人間は少ない。

 店はホテルのラウンジのような格式ばった店ではなく、カウンターの奥にはボトルとグラスが壮観に並んではいるが、酒を作る男はネクタイも締めておらず、カウンターの横にはビュッフェ形式の料理がずらりと並ぶ。テーブル席からは陽気な笑い声が届いた。

 は小皿に取ったアンティパストを指でつまんだ。それを口に入れる前につぶやく。

「ギアッチョの殺し方はきれいだね」
「あ?」
「私のは、酷いでしょう」

 が頬杖をついてギアッチョを見つめる。彼は見事に隙だらけの女を複雑な心境で見返すが、すぐに視線を逸らす。カウンターの男が彼の空になったグラスに新たなビールを傾けたが、それを断ってジントニックを注文した。

「殺しにキレイもクソもねえ」

 それに、と彼は内心思う。の研ぎ澄まされた身のこなしは鮮やかで、芸術的とも呼べるレベルだ。任務中はやり過ぎるきらいもあるが、最近では任務完了と共にスイッチが切れたように落ち着き、トランス状態に陥ることもなかった。

「私、このチームに来る前も殺しをやってたんだ」
「前のチームでか?」
「そう。と言ってもね、チームの裏切り者の粛清とか、幹部に依頼されて数人とかその程度だけど」
「その前は?」
「え?」
「ギャングになる前は何やってたんだよ」

 グラスを傾けるとライムの香りがふわりと広がり、しつこさのない甘さが喉を通った。ずれたメガネのフレームを指で戻し、ギアッチョは彼女の答えを待つ。しかしは曖昧にはぐらかし、代わりにギアッチョの手を握った。

「お店、出よう」

 二人はパブを出ると駅前広場に向かった。つないだ手はそのままだ。彼は途中何度か「離せ」と睨んだが、本気で振り払うことはしなかった。
 パッチワークのように刈り揃えられた芝生や等間隔で植林された街路樹の間を歩き、大通りへと向かう。

「うちで飲みなおそうよ、近いんだ」

 が歩くたびにヒールが石畳をはじき、スカートの裾がゆれる。たった二杯のカクテルで上気した顔は、あの人間離れした動きを繰り出す同じ人物だとは到底思えない。
 いや、待てよ。ギアッチョは考える。案外、そう装っているだけじゃあねえのか?彼はほんの一瞬もたげた好奇心を抑えることができず(おそらく酔いも手伝って)、の腹に一発叩き込んでみた。拳を。
 彼女は瞬時に飛びのいて臨戦態勢を取る。なんてことはなく、もろに食らって膝を折り、その場でおう吐した。

「うげぇええっ」
「……汚ねえなァ、オイ」

 と言いつつも、若干の罪悪感を覚え、ギアッチョはわが身を見下ろして拭けるものを探す。が生憎何もない。が苦し気に唸りつつもバッグからハンカチを取り出し口元をぬぐった。

「ひ……ひどい」
「イヤ、わりーマジで。しかしよォ~、へんな女だなおまえ」

 任務以外の彼女は本当にただの女だった。「スッとろそう」という最初に感じたイメージそのまんまだ。

 ギアッチョは動けないをひょいっと担ぎ上げ、通り沿いでタクシーを拾うとそのまま彼女の自宅へと向かった。近い、というわりにはそうでもなく、アジトへ戻るよりは若干近い、という距離に彼女の暮らすアパルトメントはあった。

 が洗面台に向かうのをソファで見送ったが、ほどよく疲れた身体に回った酒が眠気を誘う。うつらうつらしている間に眠ってしまい、気がついたときには己の腕に女が潜り込んでいた。腰にはブランケットがかけてある。彼は空いているほうの腕を伸ばして外したメガネをテーブルに置いた。

 「せめぇな」と寝ぼけ眼の半眼で文句を垂れつつも、ギアッチョはが落ちないよう背中に腕をまわし、身じろぎしたもギアッチョの腰に抱き着いて気持ちよさそうにまた寝息を立てた。




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